次は、新聞記者の書いた医療問題の本を紹介します。
『ドキュメント 医療危機』(朝日新聞社) 田辺功
この本は、朝日新聞朝刊に2007年4月から連載された「ドキュメント 医療危機」がベースになっています。著者の田辺氏は、朝日新聞社編集委員で、長年、医療問題を担当されている記者とのことで、多くの課題が多面的に抽出されています。
一つの項目ごとに一つのブログが書けるくらい、多くのテーマがありますので、ここでは課題を列挙して、簡単なコメントを書くだけに留めます。
・日本は医師の絶対数が不足: OECD加盟国で日本の医師数は最低レベル。医師の労働時間は最高に長い。医師および医療従事者の労働条件の悪さが医療事故の遠因。医師の高齢化も進んでおり、医学部定員の増員は不可欠。
・医療事故に警察が介入する危険: 医療行為の結果である死亡に対し、警察が介入して医師を逮捕する事例があった(06年の福島県立大野病院の産婦人科の例)。これが一般的になると、訴訟・逮捕されるリスクの高い産婦人科や外科は誰もやりたがらない。また、リスクのある手術はできなくなる。新しい医薬や医療機器は使用できなくなる。
・病理解剖の少なさ: 他の先進国と比べ、日本では病理解剖は極端に少ない。96年のWHO調査では、スウェーデンが全死者の37%、カナダ20%、米国12%、ドイツ8%に対し、日本は22か国中最下位の4%。解剖により死因の究明や治療プロセスの質向上を図れる。ベストセラーになった『チーム・バチスタの栄光』でも取り上げられたテーマですが、病理医の数の少なさは、医療の質を支える上で問題。
・医療不信をあおるマスコミの報道: テレビ、雑誌、新聞の医療事故に関する報道が、すぐに医師の医療ミスと断定するかのようなトーンになり、医療不信をあおる。マスメディアの勉強不足と一過性の大衆迎合主義が問題。
・わがままな患者: インターネットなどを通じて医療に関する情報が入手しやすくなったのは良いことであるが、最近は、すぐに医療ミスを疑う患者・家族が増え、医師は余計な労力を割かれている。わがままな患者や、ひどい場合には暴力をふるう患者、医師や看護師に暴言を吐く患者も増えている。
・腎移植などの先進的な医療へのリスク: 日本では臓器移植についてのガイドラインが明確に作られていない。学会は大学教授が中心なので、臨床経験が少なく、医療の現場での患者の切実なニーズが理解されていない。従って、先進的な医療行為については医師個人がリスクを負わざるを得ないため、日本では多くの先進的な医療で遅れている。
・医療機器の認可の遅さ・価格の高さ: 日本は医療機器の認可が遅く、欧米と比べ、2-3世代前の古いタイプが使われていることが多い。審査機関の人数、スキルとも不足している。いろいろな意味でコストが高くなる市場構造であるため、価格が高くなる。
最後に、田辺氏はこの本の中で、日本の医療を改革するための「8項目の提言」を挙げている。
- 「医療の質管理機構」および「医療事故補償機構」の創設
- 先端医療技術の早期導入のため、許認可制度を抜本的改善
- 患者の要望、医師の責任による混合診療を導入
- 診療所は外来の初期医療に限り、一定条件を満たさない場合には、診療所の開設は認めない
- 小規模な国公立病院は統廃合し、大規模なセンター病院に
- 民間病院の機能分化
- 能力に応じた特級医師、1級医師を創設
- 病院以外の「健院」での健康維持
特に私は、2(許認可制度の改善)、3(混合診療導入)、7(医師のグレード分け)、8(予防医療の重視)については、大いに賛成です。
いずれも重要テーマなので、このブログでも取り上げたいと思います。
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